三津田信三「厭魅の如き憑くもの」

厭魅の如き憑くもの (講談社文庫)
三津田 信三
講談社
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私は探偵小説というものを読んだことはない(ここでの探偵小説の定義は、金田一耕介が出てきそうな小説、である。金田一はテレビで見たことがある。具体的には舞台は大正あるいは昭和、いわくある辺鄙な村、無闇におどろおどろしい描写、猟奇的な事件、変人探偵など)が、これはその探偵小説に当てはまる。
そういう意味で私にとって初めての探偵小説であるといえる。

本書の構造を記しておこう。
まず、「はじめに」と題された前書きに当たる箇所で、怪奇小説家の東城雅哉こと刀城言耶(ペンネームのほうが普通!)が体験した出来事を小説として描いたものであると明示される。
そして神々櫛村の簡易地図と登場人物表が挿まれ、本編「壱」が始まる。
各章は、何の題もつけられていない神の視点から描かれた部分、次に「紗霧の日記より」という題名通りの日記、続いて「取材ノートより」という東城の三人称視点による描写、最後に「漣三郎の記述録より」と題されたこれまた題名通りのパートの四つから構成される。
ミステリ的手法を用いたホラー描写が「壱」から「七(変換できない)」まで続き、「七」の最後に犯人に関する衝撃的な一文が置かれ、その後の「おわりに」において補足説明がなされる。
そしてもう一度ひっくり返し、曖昧に終わる。

メインアイディアのひとつは、東野圭吾「ある閉ざされた雪の山荘で」と同一。
アンチミステリと言っても良いのかもしれない。
推理が二転三転する様は見事。
伏線が細かく張ってあったようだが、どうにも長すぎて記憶できない。
非合理的な描写もリーダビリティを下げている。
しかしこれがないと成立しない作品なのでどうも難しい。
今のところこの著者の作品では光文社文庫の書下ろしシリーズがもっとも私に合っているようだ。
改めて思うが、私はフーダニットよりハウダニットのほうが好きらしい。
物理的に不可能に見える犯罪を可能だと証明し、それが犯人を指し示すという展開が私の中ではミステリの王道である。
密室についてそれが特に顕著。
それでも、総じて面白かった。
次作に期待しよう。
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