小川勝己「眩暈を愛して夢を見よ」

眩暈を愛して夢を見よ (角川文庫)
小川 勝己
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 74401

まず最初に、これは奇書だ。これだけでわかる人にはわかるはず。
以下ネタバレ。

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三津田信三「首無の如き祟るもの」

首無の如き祟るもの (講談社文庫)
三津田 信三
講談社
売り上げランキング: 99186

久しぶりにどえらい本格に出会った。
事件と推理の詳細は読み終わってすぐの今でももう思い出せないが、これは記憶力の低下だと思って割り切るしかない。
まずは読者への挑戦(お願い?)が突きつけられた時点でのわたしの推理を記録しておく。

 題名からは首切りの問題が核のように思える。十三夜参りの事件は、斧高がある種の信用できない語り手と化しており、情報が不足しているように感じるので後回し。ということで、婚舎の集いで起きた事件について考える。二体の首切り死体が発見された。毬子は婚舎の中で、長寿郎は東守に続く参道の途中にある馬頭観音の祠の中で。指紋は本人であることを証明した。媛首山一帯は事件発生当時密室であった。参道の入口を警官が見張っていたからだ。内部にいたのは、長寿郎、竹子、華子、毬子、斧高、蘭子(とりあえず警官は除外)。監視が始まる前から潜んでいた可能性もあるが、その場合は逃走経路の問題が残る。犯行が可能だった人物はいない(325p参照)。そこで角度を変えて、首を切る必然性を考えてみる。……わからない。気になった点を挙げてみよう。妃女子の死体の状況。鈴江の消息。蔵に食事を運ぶカネ。深夜に入浴する首のない女。江川蘭子と古里毬子。妃女子の首が切られていたと仮定すると、時を隔てた二つの事件を並べたときに、首切り死体は計四体、そのうち首が見つかっていないのは妃女子と毬子のいずれも女性で、前後の状況から入れ替わりの余地が十分ある。

われながら、とても中途半端だ。
こういう自分の体たらくぶりを客観的に振り返ると、もう絶望感しかない。
まあ、それはそれとして、四件の殺人、中でもメインと思われる間の二件は、状況から何からとても凝っていた。
読み終わってみると、まったく無関係の伏線というかただの情報がたくさんあったように思う。
葉っぱは森に隠せというやつだ。
ずるい気はするが、冒頭でエクスキューズは述べられている。
真相がわからないのだから、どれが伏線として機能する情報なのか、筆者はわからずに書いているのだ。
だが、解決編において、ここにこう書いてあっただろ、という伏線の回収は見事。
そして、何度かひっくり返し、最後はメタフィクション的大オチを見せ、その後、そこから一歩ホラー側に踏み込んだフィニッシュブロー。
こうなることは刀城言耶の編者の記として冒頭にて予告されていた。
ほんと油断ならないな。
ということで、非常に面白かったのだが、やはり読み手の劣化は凄まじい。
これを高校生のときに読んでいたら、もう立ち上がれないほどの衝撃を受けていたことだろう。
そのくらいすごかった。

伊坂幸太郎「陽気なギャングの日常と襲撃」

陽気なギャングの日常と襲撃 (祥伝社文庫)
伊坂 幸太郎
祥伝社
売り上げランキング: 11832

この読みやすさは安心できる。伊藤計劃2連続の後だととても軽い。ラノベより軽いのでは?
準備運動みたいな第一章。伏線を活かした怒涛の展開が迫り来る第二章以降。読後は出来のいいコントを見た後のような感じ。シュールだからかな。
ここから品を取り去り、バカ騒ぎを加えると、宮藤勘九郎になる。
エンタメに徹してくれれば、こんなに面白いのに、文学的なテーマとかを出しちゃうと、うーん、となってしまう。
どっちが印象強いかといえば後者なのだが、やっぱりこの辺りは二者択一なのだろうか。
ボーナストラックはチープだったけど、安易なハッピーエンドじゃなくてよかった。

伊藤計劃「メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット」

メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット (角川文庫)
伊藤 計劃
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 2905

ページ数は大作だが、内容は超大作だった。つまり密度が高かったということ。
無駄をそぎ落とした文章の中に物凄い量の情報が込められているので、メタルギア・シリーズとかかわりのないわたしには理解が追いつかなかった。ストーリーを追うのにも障害となったほどだ。
しかし、それも前半だけで、世界観がわかってくると、物語の筋よりも、登場人物のドラマのほうが面白くなってくる。あとはジェットコースターだ。
カタルシスはないが、じつは○○だったの連発。
「虐殺器官」との設定の類似は解説を読むとわかった。
罪と罰。赦しと救い。
罪と罰が対応するのはわかる。辞書的な意味でも疑問はない。しかし、赦されれば救われるのか。救われたいという願望は理解できるが、赦しはその必要十分条件なのか。ピンとこないな。
システムによる管理社会。戦争経済。戦争経済というのはかなりの現実味を感じた。社会は豊かなほうがよい、とされている。そのためには経済成長が必要らしい。フロンティアがなくなりつつある現代では閉塞感が生まれて当然だ。そこで口実を見つけては新しい市場を作り出す。本来必要でないものかもしれないのに。いや、需要はあるわけだから、必要ではあるのか。人道的に望ましくないというべきだ。
利益ではなく報酬を目的とした、イデオロギーによらない代理戦争となれば、それはスポーツに限りなく近づく。勝つに越したことはないが、兵士が命を賭ける価値はなくなる。でも、こういう風に考えると、資本主義というのは欠陥だらけだが無限の可能性があるように思える。不完全な人類にはこれが合っているのだろう。完璧なシステムは不完全さを取り込むと内部から崩壊する。社会主義しかり。あらゆる問題は人間のダメさに起因している。その対処としてのナノマシンなのだろう。
管理社会はユートピアかディストピアか。書いてみるとわかるがわれながら見事な脱線ぶりだ。
とにかく面白かった。

伊藤計劃「虐殺器官」

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃
早川書房
売り上げランキング: 1640

虐殺器官ってなんだろう? と思って読み始めた。
答えから言うと、脳の残虐な行動をつかさどる部分である(違う?)。
進化の過程でそれは必要とされてきた。
人間はコミュニティを形成する生物である。そのためにはルールが必要であるが、それは良心に基づいて定められる。良心というのは、生存するために都合のよい思考、態度、行動である(なんだかトートロジーじみてきた)。利他的な性向と言い換えてもよい。“情けは人の為ならず”。
しかし、それでは生存できない場合がある。
例として挙げられたのは、干ばつに見舞われた共同体の場合であった。食糧が不足したときにどう行動すれば生き残れるのかという問題だ。利他的な構成員しかいなければ、集団は全滅に向かうだろう。利己的な人間ならば、他人を殺してでも生き残ろうとする。死体をエネルギー源とすることも可能だろう。進化の過程で必要とされた、というのはこういう意味だ。
さて、ストーリーだが、めんどくさいので省略。ポイントは、ジョン・ポールは何をしているのか? なぜそれをしているのか? というミステリ的なものと、主人公の葛藤、かな。大規模な事件を矮小な個人の逆説的な意思に収斂するというのは、何度か読んだことがある。どれもミステリとして評価の高い作品だ。エピローグの捻りは完全に一本取られた。
興味深い話はたくさんあった。視覚の話はどこかで聞いたことがある。見ることと見たものを認識することは違う。処理する脳の部位が異なるからだ。全体として脳の話だった。脳がどれだけ機能していれば意識があるといえるのか? 作戦遂行のために良心を抑制する。自由とは? わたしとは? こういう哲学的な話題になると答えはまず見つからない。無限とか極限とかを連想した。アキレスと亀だ。
感想を書ききれていないような気がするけれど、まあ、私ではこんなものだろう。作者の人生に涙した。

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