島田荘司「最後の一球」

最後の一球 (文春文庫)
島田 荘司
文藝春秋 (2010-07-09)
売り上げランキング: 139089

振り返ってみると「帝都衛星軌道」以来十一ヶ月ぶりの島田荘司。
しかし上手いなぁ。午後七時前から読み始めて読み終えたのは十時過ぎ。正味三時間で読めた。最近の島田大先生は手記や独白(しかも相当長い)を組み込んだ小説が多いような気がする。構成上、必要なのだろうが、これも御手洗ものとしては短編であり、御手洗&石岡に宛てられた手記と合わせて、ひとつの人情クライムストーリーとして長編となっている。実際、ミステリとしては伏線もトリックも弱い。だが、そんなことは些事に過ぎない。最後の一球が花瓶を打ち抜くシーンは本当にクライマックスだった。個人を描くことで、社会システムを描き、それにより日本人を描いている。御手洗さんは進歩的というかリベラルというか、1993年当時はそういうのはポジティブな感じだったのだろうが、現代から見るとなんだかちゃちい。日本はダメだな。人間のダメな部分をシステム化してしまっているから、自分がどれだけダメか誰も認識できない。見事な責任転嫁である。結果、閉塞し、誰も打開できない。北欧に行こうかな。国家権力なんて、いくら法律が定められていても、運用するのは結局ただの人で、公務員だから、大きな問題は規則を作ることで対処できても、個別の瑣末な事態に対してはその主体が権威主義的な思想を持たないと公平性を担保できなかったのだ。マニュアルなんて作っても、ただの責任逃れだから本質的な解決にはならない。個人的には人情なんて糞食らえだが、硬直化し融通の利かない仕組みなんてもっといらない。読んでいて思ったが、御手洗&石岡はラノベだった。
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筒井康隆「魚籃観音記」

魚籃観音記 (新潮文庫)
筒井 康隆
新潮社
売り上げランキング: 227261

「魚籃観音記」見事な壊れ具合。ポルノ版西遊記って(笑)。
「市街戦」原因不明、当事者不明の市街戦が繰り広げられる東京都内。ドラマの撮影隊。現実の非日常とフィクションの日常との対比。リアルとは何か?
「馬」これは、認識障害か。臭覚と性欲というのは密接に結びついている。馬の臭いがする女は抱けない。
「作中の死」全然違うがなんとなくミザリー。
「ラトラス」ラット+ラプラスかな。知能を持てばそれが鼠であっても低きに流れる。知性というのは安楽を追求するものだからだ。そしてそれはおそらくゼロサム・ゲームであるので、対立・衝突は免れ得ない。そこに感情が絡むとさらに始末が悪い。
「分裂病による建築の諸相」分裂病と建築についての論文を書いている本人が分裂病。わかりやすいが、だからどうしたって感じ。
「建物の横の路地には」これは宮沢賢治か稲垣足穂かといった印象。
「虚に住む人」目の前に現れた魅力的な女性。親しくなったが彼女はすぐに姿を消した。彼女をモデルにした人物を小説に登場させると、彼女から連絡があった。同業者の作品の中に彼女を見つける。小説に没頭すると、本当に中に入ってしまい、彼女と邂逅する。二人とも小説中の人物になったのだ。という小説。
「ジャズ犬たち」なんだか素敵な話。
「谷間の豪族」落ちはまことに人間らしくてよかった。

伊坂幸太郎「フィッシュストーリー」

フィッシュストーリー (新潮文庫)
伊坂 幸太郎
新潮社
売り上げランキング: 16896

「動物園のエンジン」ミステリーだった。推理のハズレ具合もなかなか。伊藤ってどこがで見た気がするけど。いらない叙述トリックは味わいがある。
「サクリファイス」またしてもミステリー。やっとわかった。どことなく童話風なのだ。謎解きはすごい。決定的な証拠を隠して何の根拠もない推理を場当たり的に展開していく。
「フィッシュストーリー」売れないバンドが最後に作った曲の不可解な無音の部分が一人の女性を助ける。彼女の息子がハイジャック犯を取り押さえる。無音の真相が明らかになる。彼の隣に座っていた女性が世界の危機を救う。そういう話だ。
「ポテチ」ポテトチップスに塩味とコンソメパンチ味があったから間違って買ってしまう。だけどどちらも美味しいのだ。ただボールが遠くに飛んだだけで感動する人々。その理由は人それぞれだ。
長さがまちまちの四作だったが、ハズレなし。面白かった。

「あなたが名探偵」

あなたが名探偵 (創元推理文庫)
小林泰三 霞流一 泡坂妻夫 法月綸太郎 麻耶雄嵩 芦辺拓 西澤保彦
東京創元社
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泡坂妻夫「蚊取湖殺人事件」――挑戦を受けたので推理してみた。犯行時刻は午後10時頃。関係者全員にアリバイがあった。嵐が来たのは12時。犯行現場には釣りの穴と嵐以前に落とされた煙草の灰があった。しかし小田桐医師の話によれば、それは反対側の湖畔にないとおかしい。ここまででトリックは明らかだ。氷の足場ごと風で移動したのだ。つまり犯人は東側にいた人物で、かつ病院の関係者である。小田桐か梅田か。消去法でいえば、犯行現場の問題から小田桐は除外され、梅田が犯人ということになる。積極的な理由は見つけられず。動機については、梅田が再婚直前だということ、長沼と会ってから様子がおかしかったことからある程度推測できる。だから物的証拠がないことが問題だ。包帯だけでは不十分だと思う。解答編;ほぼ推理は的中。なんと包帯が証拠だった。完璧主義者の私はこういう場合でも詰めが甘い。

西澤保彦「お弁当ぐるぐる」――謎は空っぽの弁当箱と空っぽの胃と空っぽの蔵。中身はどこへ行ったのか? 方針が見えないので事実を羅列してみよう。死亡推定時刻は正午頃。死因は脳挫傷。凶器はフライパン。死に際に新聞紙を掴んでいた。第一発見者は保険の外交員で2時過ぎ。玄関の鍵は開いていた。蔵の中身がごっそり消えているという妻の証言。大規模な窃盗にもかかわらず目撃者がいない。妻が作る弁当は不味い。被害者は食に飢えていて、息子の嫁に金を無心していた。犯行時刻のアリバイがある関係者はいない。このくらいだろうか。全員にアリバイがないのでそれについては無視できる。誰が可能だったかではなく、誰がやったかを証明しなくてはならない。最もシンプルな解答は妻が犯人というものだが、意外性のかけらもないし、決定的な証拠も見当たらない。心理的な謎解きならもうお手上げだ。弁当の問題に集中してみると、弁当箱は空で洗ってあり、中身は被害者の胃にはなく、犯行現場付近で処分した様子はない。そこで犯人が食べたという可能性が浮かび上がってくる。ではなぜ不味い弁当を食べたのか? どうしても処分しなければならない理由があった。それは何か? わからない。あるいは中身など最初からなかったという可能性も考えられる。この場合、事件の経緯は至ってシンプルで、まず何らかの理由で妻が弁当を作らなかった。そして昼に昼食を作るために帰宅する。そこでトラブルになり、殺害してしまう。アリバイ工作のために弁当を作っていたことにし、ついでに狂言窃盗も思いついた。と、こんな感じである。残念ながら証拠がまったくない。解答編;大ハズレ。しかし物的証拠は皆無だった。まあこういう推理も必要なのか。証拠は後で集めればよい。果たして探偵役の推理は真実を映しているのか? これはゲーデル問題だな。

小林泰三「大きな森の小さな密室」――余分な情報はほとんど見当たらない。ていうか、伏線も見当たらない。ポイントは三つ。密室はどのようにして作られたか? 「計画が狂ってしまった」の意味するところは? 徳さんはなぜ廊下に座り込んだのか? たぶん大胆な構図の転換があるはずだ。諦めよう。解答編;見事にやられた。ハウダニットではなくホワイダニットだった。推理はオーソドックスだがどこかポンコツ。解答編の最初の部分で問題編の最後に、ひとつ目くらましがあったことが明らかになる。これは叙述トリック物という分類になるのか。しかしここへ来てわかってきたぞ。必ずしも推理する必要はなく、犯人を指摘するだけでよいのだ。すべてが綺麗に収まる解答を思いつけばそれでよい。証拠とか論理的整合性とかは二の次。

麻耶雄嵩「ヘリオスの神像」――密室トリックは種明かし済み。したがって謎はHOWではなくWHY。明らかな他殺体を室内に残してなぜ密室を作ったか? そこには何らかの必然性があるはず。ヒントは出しっぱなしで止まったガス、にもかかわらずガス臭のない密室、それと出しっぱなしの水。ガスの臭いに関しては、火をつけていたと考えれば疑問は消える。とろ火で半日以上なら強火で数時間ということだから時間的にも問題はない。ではなぜ火をつけたのか? コンロの上には何も載ってなかった。エアコンの温風と合わせると、部屋を暖めることが目的だったと考えられる。何のために? 例えば、濡れた絨毯を乾かすためとか。しかし水が填まらない。諦めた。解答編;大ハズレ。もっともな解答だった。犯人を特定するには多角的な検討が必要なのだ。しかし香月はひねてるな。

法月綸太郎「ゼウスの息子たち」――殺人に不可能趣味はない。あるとすれば藤堂氏が犯人だった場合のアリバイの問題だけ。問題は強請りのネタだったと思われる二組の双子の夫婦に関する「偽者」という言葉。これは被害者のダイイングメッセージであり、犯人を直接示しているので、ここに秘された意味を知ることが解答に直結する。人間関係をシャッフルして意外な真相を描き出すのが作者のお得意のパターンなのでその辺りを重点的に考えたい(謎解きの視点がメタでなんか情けない)。新婚旅行先で弟と妹の夫婦が死んでいる。兄の達也はボクシング経験者で耳に特徴があり、亡くなった和也は野球ではなくて乗馬が趣味だった。ところで、神話では乗馬が得意なのは兄、拳闘が得意なのは弟であり、さらに死んだのは兄なので、まるっきり正反対である。また、犯行現場となった客室の向かいに宿泊していた二人は、芸能人の偽者だった。スキャンダルを捏造することが目的である。これらが示唆するのは弟夫婦は死んでいないという可能性だ。二人一役掛ける二で四人二役である。四つ葉ホテルで入れ替わることで、達也と沙織としての人生を半分ずつ受け持っていたとすると、永遠の命を半分ずつ与えられたという神話とも合致する。しかし決定的な証拠がない。結婚披露宴の写真が証拠だから、ビジュアル的な証拠がそこに写っているはずだ。左右対称で素晴らしかったという支配人の感想と双子の性質上、身体的にも左右対称だったのではないか? 利き腕が違うとかいうのはよく聞く話だ。互いに決められた相手だったというのは政略結婚という意味ではなくて、何らかの身体的な特徴に心まで結びつける効果があったということでないか? しかしそれでは入れ替わりに難があるのでよろしくない。では、こういうのはどうか? 兄弟、姉妹の片方がそれぞれ性同一性障害だったという可能性だ。ここで他の可能性も検討しておこう。双子の入れ替わりの余地があるのは、①誰も死んでない場合、②兄が死んだ場合、③姉が死んだ場合、④弟が死んだ場合、⑤妹が死んだ場合、⑥兄と姉が死んだ場合、⑦兄と妹が死んだ場合、⑧弟と姉が死んだ場合、⑨弟と妹が死んだ場合、これら九通りであり、事実とされているのは⑨である。……と、まあ、ここまでつらつらと書いといてなんだが、思いついてしまった。藤堂兄妹と遠山姉弟だったのではないか。これなら双子どうしでも三角関係にはなりようがない(特殊な場合を除いて)。当事者たちの話にもこの解釈で矛盾は生じない。では双子の入れ代わりとは、偽者とはどういうことだろうか? 双子の夫婦での入れ替わりはありえないというか現実的に無理だ。すると恐喝のネタは藤堂夫妻に関するものではなく、他の関係者が実は双子で、しかも本物のふりをしている偽者だったとしたら、それは一人に絞られる。深夜二時で、ラム酒が少し回っているので調子に乗って解決を試みたいと思う。「さて、今回の事件ですが、おそらく勘違いしていたのは私だけでしょう。少し、弁解させてください。昨日、ホテルに到着してまもなく、支配人とお話ししました。そのとき私が聞いたのは、オーナーの藤堂さん夫妻は双子の兄と姉どうしで、弟さんと妹さんも同時に結婚されたということと、弟さん夫妻が新婚旅行先の地中海で事故に遭われて亡くなられたということでした。固定観念とは恐ろしいもので、私はてっきり達也さんと和也さんが兄弟で、沙織さんと香織さんが姉妹なのだと理解していました。しかし、そうではないですよね? 名前が似ていたから、というのは完全ないいわけですね。現にオーナーも支配人も会話の中ではっきりとではありませんがそうおっしゃいましたから。しかし、勘違いしていても会話というのは成立するものですね。けれどその勘違いのおかげで犯人がわかったのですから、怪我の功名というか何というか。(以下省略)」解答編;まあ細かいところのつじつま合わせは放棄したので完璧とはいわないが、ほぼ正解。叙述トリックで犯人当てとはやってくれたな、法月よ。

芦辺拓「読者よ欺かれておくれ」――開いたドア。そこから見える鉄火面を被った裸の女性。首にはロープが見えて死体のようだ。室内に入ろうとすると、加速度的にドアが閉まり、鍵がかかったように開かなくなった。鍵を取ってきてドアを開けると、中には死体どころか誰もいなかった。窓にも鍵がかかっており、ひとつしかない鍵のことも考えると、密室状況であった。そしてどこにもいないかすみが、翌日屋外で死体となって発見される。犯人は誰か? 前書きを読み返すと、答えが降ってきた。探偵役は飽くまでも森江春策なのだが、彼は問題編には登場していないのだ。確認してみたら、一度も“森江春策”とは書かれていなかった。つまりこの森江は別人。しかも女性のファーストネームだ。その根拠はふたつある。ひとつは森江が盗み聞いた品川とかすみの会話、「――でも、それを言ったら、あの女も相当じゃない? あんな鬱陶しい奴、襟裳岬あたりから真っ逆さまに突き落としてやったら?」「何だい、そりゃあ。相変わらずキツいが、座布団一枚進呈といこうか。――」最初は客の中で残る女性は路子だけだと思っていたので、意味がわからなかったが、襟裳を逆から読んだらモリエである。もうひとつは、作者が述べた「容疑者の一人と君がくっついていたら面白いことになったろうと」という発言。言うまでもなく「森江森江」という名前が出来上がるからだ。すると、密室トリックも自ずと解ける。まず夕食後、森江は亀尾の部屋のドアに、通子を装って手紙を挟んでおく。そして翌午前一時までのどこかでかすみを殺害する。場所はおそらく死体発見現場だろう。そして展示室で裸になり、首にロープを巻きつけ、鉄仮面を被って、椅子に座り、亀尾が通りかかるのを待つ。ここでひとつ問題が、ドアを閉めるのはひとりで可能だろうか? 彼女の全身は亀尾の視界にあり、死体のふりをしている。機械的なトリックは使わないと宣言されている。しかもドアは外開き。しかしこの状況は森江が最初に展示室に入った際の描写と矛盾する。あのとき、少し開いていたドアは、「ノブに手を触れるか触れないかのうちに」開いたのだ。風が吹いていた様子はなく、外開きならば、ノブを握らなければ開けることはできない。ここで展示室の性格が重要となる。ミステリ的趣向が凝らされた部屋なので、おそらくドアに仕掛けがあって(浮き彫りはその伏線)、内開きにも外開きにもなるのだ。常識的な考えに照らすとノブを右に回せば内開き、左に回せば外開きだろうか。確実なのは外開きにするには特殊な操作が要求されるということである。これだと、亀尾がドアを開けられなかったことと、ひとつしかない鍵を竜堂が持っていたことと、森江が亀尾からわざわざ鍵を受け取ったことに説明が付く。ここで話を元に戻して、問題はどうやってドアを閉めたかだが、機械的なトリックを使わないとなると、難しいと思う。蓄音機というそれっぽい物がせっかくあるのに使えないからだ。そこで修正案として、あるいは死体は本物で、部屋の中に森江が潜んでいたのだろうか。その場合、亀尾の立ち位置はドアの正面のはずだから、ドアの開き具合によっては彼に気づかれず閉めることは可能だし、死体は彼が鍵を取りにいってから戻ってくるまでに向かいの自分の部屋に運び込めばよい。また、亀尾が目撃した首の赤い筋の説明も付く。その後朝までの時間に死体を運べばよい、というのは現実性に欠けるか。それと、共犯については否定されてないので、それについても検討しておかなければならない。ひとつ気になっているのは、冒頭の生首が発見されたというニュースだ。もしこれが絡んでくるなら、亀尾が見たのは首なし死体だったという可能性も出てくる。すると共犯は竜堂かレダ。冷蔵庫の描写がそれを暗示しているように思えてくる。しかし理由も証拠も見当たらない。この辺りで一度整理しておこう。鍵の問題から、森江が犯人なのは間違いない。しかし犯行全体として一人で可能だったかという点については疑問が残る。そこで共犯の可能性を検討したのだが、どうも上手くない。辻褄を合わせるのなら、まず亀尾に手紙を残し、外で森江がかすみを殺す。そうしてペンションにいた人物には犯行が不可能だったと見せかけるために、午前一時に亀尾に死体を見たと思わせる。それには共犯が必要で、着替える時間を考えると、死体役はその共犯。路子には動機があるのか。しかし、これではごちゃごちゃしすぎているし、きっと違う。機械的なトリックを用いることなく、ドアを閉める方法を思いつきさえすれば、最初の仮説ですべて説明できるのだ。一般的なドアにばね仕掛けで自動で閉まるものがある。外開きのドアはそれではないだろうか。それにストッパーを噛ませておいて、亀尾に気づかれない程度の動作で、外すことができれば、密室は完成する。亀尾がドタバタと駆け回っているうちに、自分の部屋に戻って着替えてから、亀尾を引き止めて、竜堂が来るのを待ってから鍵を開けたふりをすればよい。これで結論としよう。現在午前四時過ぎ。推理を始めて八時間、これを書き始めて五時間、森江の正体を見破ってから二時間。まあ、こんなものだろう。解答編;はいはい。私が複雑に考えすぎました。ドアの構造なんてまったく関係なかった。要するに、ミスリーディングの構造としては、密室がある。中にあった死体が犯人の演技だったとしたら、犯人は女性である。しかし、密室の開帳に立ち会った(密室を構成することができた)人物の中に女性はいなかった。じゃあどうやって密室は作られたのか? というもので、性別誤認を見破れば、犯人は明らかだという結論。そしてお遊び的な回文。私は森江が女性であるという結論には至ったものの、悲しきミステリ読みの性で、伏線から導いたのではなく、その可能性を思いついてから伏線に気づくという、なんとも残念な思考回路である。しかしまたしても叙述トリック。簡単かつ意外な物理トリックはもはや残されていないらしい。アイディア勝負だから、知的財産権の問題やジャンル全体として積み上げてきたものが書き手を相当制限している。本格はどん詰まりだというのも頷ける。

霞流一「左手でバーベキュー」――消えた左手。焼かれた左手。汚れた袖。消えた紙マッチ。割れたガラス細工。なぜか外にあった破片。止まっていた腕時計。こぼれたニス。左手を処分することができたのは誰か? なぜ切断して焼かなければならなかったのか? なぜの方は左手に犯人を指し示す証拠があったと考えれば説明できる。傷とか、ダイイングメッセージとか。機会に関しては、死体発見前か後かという問題がある。もし前ならそこに何らかのトリックが必要で、機械は誰にでもあった。後ならトリックは必要なく、気になる点がひとつ。死体発見は午後五時過ぎ。小野寺が紅門に知らせに来たのは五時十八分。時間がかかりすぎではないか。しかし飽きた。諦めて明らめよう。解答編;伏線は回収されつくした。袖の汚れが血だと明記されていたら、私も真相にたどり着けたかもしれない(ちなみに私は千夏の描写から煤か何かかと思った)。また仰向けとうつ伏せというのは検討したが、あまりの現実性のなさに放棄したのだった。

奈須きのこ「空の境界(下)」

空の境界(下) (講談社文庫)
奈須 きのこ
講談社
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6/忘却録音――初めて黒桐鮮花にスポットが当てられた。鮮花は普通であるがゆえに特別な兄に恋慕の情を抱いており、彼の周りをちょろちょろする式を疎ましく思っている。そんな二人が鮮花の高校で起きた事件の調査のため、協力することになる。魔的なものを見ることができない鮮花の眼の代わりを式が務めるのだ。尼僧服のような制服に身を包み潜入する式。捜査の端緒は一年四組で起きた傷害事件。二人の生徒同士が口論の末、カッターナイフで切りつけあったというのに、その場にいた誰もが止めることもせず、事件があった事実さえ忘れていたというのだ。調べていくと四組の生徒全員が過去を暴く手紙を受け取っていたらしく、口論のきっかけはそれによる疑心暗鬼だったらしい。そしてそこには妖精の存在が……。とまあ、こんな感じで物語は進むのだが、第六章の役割は、荒耶宗蓮が死んでも彼の謀略はまだ生きていたという最終章への繋ぎのようなもので、式が失っていた交通事故に遭う前の記憶を思い出すのが主である。記憶のプロセスは、銘記、保存、再生、再認の四段階に分かれている。式は目覚めてから、それ以前の記憶の再認が上手くできてない。玄霧皐月は妖精を殺したことで呪われて再認ができなくなった。自己を形作るのは過去である。再認ができないというのは過去を自分のものだと認められないということで、それは過去がないに等しく、自分という人格が形成されることもない。個人の脳ではなく、世界に刻まれた記憶。これはどこぞの名探偵が見ているものである。

境界式――第一章以来の伏線がここで回収された。式を糾弾した人物、小川マンションの住人名簿の中にあった名前。識は誰も殺していなかった。追記;ここまでが劇場版第六章。二百数十ページにわたる長編と言ってもよい長さをどう一時間にまとめるのか気になっていたが、手法としては簡単で、まず、長さの原因である議論を大幅に省き、さらに、事件の構造を簡素にすることで、物語に必要な展開も省いていた。したがって、内容的にはほぼ別物だった。映画といえども、R指定なしでは表現が大幅に制限されるらしい。少女売春がなかったことにされているし、死人も減っている。小説ではキリスト教の自殺に対する考えがひとつのどんでん返しとして機能していたのにそれもなくなった。勧善懲悪のストーリーに成り下がってしまった感がある。そんな中で、エンドロール後の「境界式」にあたる部分の人喰い描写は圧巻だった。残るは第七章のみ。

7/殺人考察(後)――三年前の殺人鬼の正体が明らかになる。正直意外でもなんでもないが、ここへ来て、小説としての構成がとてもトリッキーであったことがわかる。章題がついていたりついていなかったり、不思議に思うことは読んでいて多々あったが、まさかこういう形とは! 人は一人分の死しか背負えない。二人以上は殺人ではなく殺戮である。殺戮は人間の行為ではない。ゆえに一人を殺した者は、自分を殺すことができなくなり、人として死ねない。そしてエピローグ。「空の境界」とは式の肉体のことだったのだ。虚無としての起源を持つ式。陰と陽、内に相反するものを保有する太極としての式。太極の形を画定する境界としての円。境界が作るのは内と外。精神の入れ物は肉体。唯脳論の胡散臭さはこの辺りにあるのだろう。脳だけでもおそらく精神活動は可能だろうが、しかしそれはもはや人間ではない。肉体におけるフィードバックがあって初めて人間たり得るのである。だからサイボーグはまだ人間であるといえる。現実に脳だけを残して仮想空間に生きるとしても、肉体を想定せざるをえない。これはイマジネーションの問題ではなくて、人間とはそもそもそういうものなのだ。追記;第七章。アクションシーンは四、五回あってどれも力が入っていた。原作との細かな差異は見受けられたが、ほぼ同じ。中盤まで駆け足気味に感じたのは、最後の演出にたっぷり時間を取るためだったらしい。劇場版では結局式の最後の秘密は明らかにされず仕舞い。第一章の冒頭で雪の中の邂逅が描かれていたから、最後に同じシチュエーションで綺麗に閉じるのかと思っていたら、それはなかった。時間の都合だろうか。これにて終幕。ちょっと痛い芸術映画ということで雰囲気を楽しめば最高に面白い。内容を理解しようとすると原作は必須。そんな映画だった。

萩尾望都・光瀬龍「百億の昼と千億の夜」

百億の昼と千億の夜 (秋田文庫)
光瀬 龍 萩尾 望都
秋田書店
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新訳偉人伝みたいな感じの導入部は非常に魅力的だった。しかし、舞台が未来に移ってからはその魅力が消えてしまった。多分、大法螺感が面白かったのに、具体的な目的が明らかになって、問題解決がメインになったからだ。絵は少年漫画寄りだ。阿修羅が可愛かった。「神狩り」もそうだったが、敵対者としての絶対神との戦いは決着を付けることができないらしい。俺たちの戦いはこれからだEND。

奈須きのこ「空の境界(中)」

空の境界(中) (講談社文庫)
奈須 きのこ
講談社
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4/伽藍の洞――式の覚醒時のエピソード。直死の魔眼の獲得。橙子との出会い。幹也との再会。昏睡状態に陥った原因は交通事故ということになっているが、不自然すぎる。幹也もその場にいたはずなのに、ここまでのところ描写がない。この辺りが叙述トリック的なのだろう。

境界式――やはり荒耶宗蓮が暗躍していた。彼は魔術師であった。追記;ここまでまとめて劇場版第4章。尺と媒体の性質の違いのためか、会話の多くが省略され、代わりに小説にはなかった描写が結構多かった。式とか織とかいわれてもテキストがなければ意味不明だし。ロングの式は見た目的にも可憐だった。でも映像があってイメージ的には助かるが、心理描写がないと何のことかわからないだろうな。十分楽しめそうだが、内容を理解するには原作を読むことが必須なのだろう。

5/矛盾螺旋・上――1998年11月。式は臙条巴と出会う。巴は両親を殺害し、逃亡中、式の元に転がり込む。いろいろあって、幹也が免許取得のための合宿から帰ってきて、魔術に関するよくわからない解説。黒桐鮮花は魔術師見習い。幹也は蒼崎橙子が興味を持った事件の調査を引き受け、報告の場に居合わせた式は事件の現場となった小川マンションの住人の中に、臙条の名を見つけ興味を持つ。幹也と橙子は小川マンションへ向かう。そこで判明したのは、本格ミステリ顔負けの大仕掛け――特異な構造のマンション、階段の底上げ、方位の誤認。自宅に戻ると臙条が偶然かどうかわからないがいたので小川マンションへ同行する。そこでは死んだはずの人間が生きていて、別の臙条もいた。その光景は臙条が悩まされていた悪夢と同じだった。本当の臙条家には死後半年程度経過した死体。半月ほど前に殺したという巴の話と矛盾する。にわかに襲い来る死体の群れ。エレベーターの前に立ちはだかる男、荒耶宗蓮。式対宗蓮。相打ちで式はマンションの壁に飲み込まれる。橙子を訪ねてきた魔術師、コルネリウス・アルバ。彼は式の動向を探っていた人物だ。アルバによる宣戦布告。どうやら荒耶とアルバは式を使って、真理に到達しようと試みているらしい。太極たる小川マンションの中に太極たる式を取り込むことによって。橙子が式救出に乗り出すところで一旦幕が下りる。あらすじを書いてみたけれど、よくわからない上に長いな。感想としては、式対宗蓮が面白かった。あと抑止力の話も興味深い。何よりも人類の存続を重視する集合無意識?が英雄を誕生させる。アカシック・レコードとか、ギアスにもあったな。

5/矛盾螺旋・下――橙子と宗蓮の闘い。アルバは完全にかませ犬(それ以下)。魔術論に決着は付かず、戦闘は宗蓮の勝利に終わる。小川マンションは彼の体内だった。逃げ出した巴と幹也が式の部屋で遭遇し、式の救出に赴く。おとりの幹也はエレベーターの前でアルバに出くわし、彼が持っていた橙子の首を潰すのを見て、逃げ出す。恐慌状態の幹也は行き止まりに逃げ込んでしまう。幹也絶体絶命の状況で橙子再登場。トリックの種を明かしてアルバを倒す。他方、救出を任せられた巴は、地下の工房で自らの秘密を知り、エレベーターの先で宗蓮と対峙した。当然勝てない。始末を終えた宗蓮は意識だけで橙子を確認し、気づかれ、会話を交わす。別れ際、橙子から式の能力について指摘され、まもなく体の前に式が現れた。刀を持った式の圧倒的な戦闘力に宗蓮はなすすべなく、建物ごと式を破壊することにし、庭に移動した。そして空間を圧縮しようとしたその刹那、十回から飛び降りてきた式によって致命傷を与えられる。ガイア理論的な地球の保存を目的とする抑止力と、集合無意識に由来する人類の保存を目的とする抑止力。この小説は世界観の説明と脇役の心理描写に多くのページが使われているので、疾走感のある文章にもかかわらず読んだ後振り返ってみると物語としての展開が意外に遅いのだ。題名に採られている螺旋というモチーフについてはよくわからない。繰り返される死や、小川マンションの構造からするとスパイラルではなくてループなのだろうか。それが矛盾していたりしていなかったり。山田正紀にずばり「螺旋」というタイトルがあった。あちらは、DNAやクェーサーなど螺旋は生命の象徴だという話だった(あれ? エイダと混じってないか?)。魔法はキセキを起こすもの、魔術は他の技術でも代用可能なもの、という定義は面白い。橙子が殺された場面は震えた。こういう予定調和を壊すような展開は興奮する。死んでしまったら生き返るのもある意味予定調和だが。まだ下巻が残っているが、ここまでの伏線はあらかた回収されたように思う。ここからはどんな話が描かれるのだろう? 楽しみだ。その前に劇場版を見ないと。追記;その劇場版だが、シャッフルしまくりで意味がわからない。あらすじを押さえていなかったら混乱しっぱなしだっただろう。この構成を採った意図がわからない。ひとつ考えられることがあるとすれば、先に結果を見せることで、それが伏線として機能していたということくらいか。あるいは、実はすべてが終盤のフラッシュバックに凝縮されるとか。つまり、私は式の見ていた夢を見せられていたことになる。彼女は根源の渦、真理に接近していたのだから、彼女が見ることができなかったはずの光景が見られたとしても不思議ではない。夢なら時系列が錯綜しても不思議ではないし、不条理な構成の説明も付く。こんな解釈でどうだろうか。Blu-rayが出たら買おうかな。

奈須きのこ「空の境界(上)」

空の境界(上) (講談社文庫)
奈須 きのこ
講談社
売り上げランキング: 6007

1/俯瞰風景――巫条ビルで起きる連続墜死事件。両儀式のマンションを訪れた黒桐幹也によって事件の概要が語られるとたちまち解決編である。推理ではなく事後説明。話がまったく見えないが、合理的な解決ではないことだけは理解できる。時間のずれについての伏線が張られている。幹也が式を訪ねたのは八月の初め、解決編は八月の終わりだが、幹也は式と会った日の翌日だと思っている。そして、いかにして事件は終焉を迎えたか、式の視点で語られる。どうやら幽霊のようなものの仕業らしい。人の意識に働きかけ、空を飛ばせる。二年間の昏睡から醒めた式は死を視ることができるようになったその能力でそれを殺した。犯人は巫条霧絵だった。蒼崎橙子が彼女の病室を訪ね、確認した。一つの精神に二つの入れ物。お坊さんみたいに難しい名前の人物が気になる。題名だが、俯瞰風景というのはずばりそのもの。世界とはつまるところ自分の周り、見て触れる範囲であるのだが、高い所に立つと、見える範囲だけが大きく広がる。そこで生まれる認識のずれ。日常から非日常へ。こんなテーマがわかるようなわからないような理屈で展開される。そんな話だった。まだ導入なのだろう。追記;続けて劇場版を観てみた。話の筋は大体同じだが、演出、構成は少し手を加えてあった。過去のほのめかしもあったりして。しかし、まだよくわからない。

2/殺人考察(前)――時は大きく遡り、式と幹也の高校時代、記憶を失う前の式が描かれる。式(女)と織(男)の二重人格。他を拒絶する式。連続して発生する猟奇殺人事件。殺人鬼、織。式に惹かれる幹也。それを疎ましく思う式だが、その根底には恋心がある。それゆえに自分を惑わす幹也を憎み、殺意を覚える。しかし完遂はできず、何かが起こり、式は二年間の昏睡状態に陥ることとなる。あらすじはこんな感じだ。構成は変則的。「空の境界」の序と題された文章が、この章の最後に置かれている。そしてこれから何かが起こるという予告文らしきものが続く。そこはかとなく面白いのだが、まだわからない。まあ、世界観はFateや月姫と同一らしいから、それを頭に入れて読み進めるとわかりやすくなるかもしれない。追記;劇場版の感想。第二章はほぼ原作どおり。心理描写がない分、テンポよくまとまっていたが、わかりにくくなっていた。気になったのは、映像化されても、式の犯行シーンは描かれていなかったこと。これは伏線だろうか。

3/痛覚残留――1998年7月、「俯瞰風景」の直前のエピソードである。ここでの超能力者との戦いで式は左手を失い、第一章の義手の描写に繋がるのだ。ここでの式が以前とどう違うのかなんとなくわかったような気もするが、気がするだけだ。織がいなくなった式は明らかに織の性質を強く反映している。自分の記憶が自分のものでないように感じられるというのはこの辺りに原因があるのではないだろうか。少しずつ情報が開示されてきて、これから伏線として機能しそうな箇所もちらほらと。『荒耶宗蓮』というのが巫条霧絵にきっかけを与えたお坊さんみたいな名前の人かもしれない。魔術師・橙子の古い知人だというが、これは「殺人考察」の最後に置かれていた、誰のものともわからない文章の書き手と一致するのではないか。第二章のエピローグで、三人についての説明がそれぞれ誰を示しているのかわかり、内二人はすでに死亡。だがいまだ物語が動く気配はない。上巻だから、ここまでが壮大なプロローグなのかもしれない。超能力、死、殺人鬼、直死の魔眼、痛み。医学的な人格の定義は、プログラムそのもので、わたしが常々抱いていた考えと一致していて、恐悦至極でございました。追記;そして劇場版。時間の都合上、省略された部分が多いように感じられた。一方で小説では暗示されただけでよくわからなかった部分(先輩の正体)がはっきりと描かれていた。映画として小説の内容を確認すると、ミステリ的なハイライトがよくわかった。抽象的にいえば残留する痛覚の謎である。そういえば読んでいるときは、痛みの正体は陣痛だと思って読み進めていたのだった。どうでもいいけど。

米澤穂信「インシテミル」

インシテミル (文春文庫)
米澤 穂信
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何より、読みやすい点は高評価。
ミステリとしては私の苦手な論理を追及するタイプで、確かに本格派の読者が好みそうではあった。
作中にもあったが、密室がないのはダメだな。本格で行くなら密室は避けてはならない。トリックにしても、発想の貧困さでは他の追随を許さない私が思いついたのがそのままズバリだったから、あまり質が高いとは言えないだろう。具体的にはガードによる犯行と凶器の偽造である。心理的な推理は個人的に興味がないというか諦めているのでどうでもいい。ということで犯人を指摘するには至らなかったが、この程度かと勝ち誇ったような気分である(負け惜しみ)。
ところで、十億は何に必要だったのだろうか。それと、須和名は何者なのだろうか。あの描写だと、今回の人文科学的実験はお金持ちの娯楽だったということかな。殺人ゲームの観戦、加えて賭博といったところか。次回は須和名が主催し、明鏡島で行われるらしい。シリーズ化もありか。

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