霧舎巧「新本格もどき」

新本格もどき (光文社文庫)
霧舎 巧
光文社
売り上げランキング: 596450

「三、四、五角館の殺人」ややこしい。その割には論理的でなく感じた。叙述トリック的には面白い、かもしれない。
「二、三の悲劇」見事に作者の仕掛けたレッドヘリングに引っかかってしまった。一の悲劇も二の悲劇も読んでないのでそういう観点からは楽しめなかった。
「人形は密室で推理する」古典的推理小説。トリックがもうね。ところで何か違和感を覚えた。精神疾患+叙述トリックのバリエーションのどれかが仕掛けられていると思う。
「長い、白い家の殺人」タイトルとトリックは無関係。論理をこねくり回すタイプの作品だった。
「雨降り山荘の殺人」日常の謎というけれど、それは注文したサラダを食べずに帰る老婆の謎だけで、ウォッチャーが関わる話については、謎解きのあとも何のことかわからないという惨憺たる結果。だが、まあ、つまらないわけではない。
「13人目の看護師」最初から異世界設定なのは明らかなので、夢オチか作中作しかない。“生者と死者”と方法は違うが同じ企み。しかし面白くはなかった。
「双頭の小悪魔」メイントリックがお粗末過ぎる。その上、辻褄合わせに注力するあまり、読むのが面倒になるくらい複雑になっていた。連作形式というのが残念な方向に働いている。ということで、期待していた大仕掛けがなかったから肩透かしを食らった格好だ。
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「ファミコン探偵倶楽部PARTⅡ うしろに立つ少女」


ストーリー・ラインは脚本家が張り切りすぎた連続ミステリードラマといった印象。緻密な論理を積み上げていくわけでもなく、これしかないという単純明快な真相が明らかになるわけでもなく、意外な人間関係にこだわってみました的な印象が残った。とにかくすべての選択肢を選べばどうにかなる(というかフラグがわかりづらくて最終的にそうするしかない)システムで、マルチエンディングでもない。普通にプレイしたらクリアまで5,6時間といったところだろうか。この通り、本編の出来はいまひとつなのだが、エンディング後の性格診断etc.が面白かった。

桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」

赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)
桜庭 一樹
東京創元社
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「第一部 最後の神話の時代 一九五三年~一九七五年 赤朽葉万葉」
山陰地方の紅緑村を舞台に、山の民に捨てられ、製鉄所で働く夫婦に拾われた、未来を幻視する力を持つ、万葉と名づけられた少女が、戦後から高度経済成長期にかけて、どのように生きたか、社会の流れと時折起こる不思議な事件に焦点を当てて語られる。ということで、『私の男』以来の桜庭一樹だが、第一部を読んだ限りでは、ファンタジー要素が強く、見方によってはSFかもしれないが、ミステリー的な印象はあまり感じられなかった。訴求力のある謎が見当たらないのだ。日本推理作家協会賞受賞作だから、このままで終わることはないだろう。この時点で予想できるのは、形式を利用したメタフィクション的な仕掛けである。語り手は万葉の孫の瞳子であり、ここで語られているのは、彼女が生まれる以前の出来事である。つまり祖母やその周囲の人からの伝聞を基に描かれているはずなのだが、完全な三人称ではなく、万葉の内面まで描かれているのだ。ノンフィクションであれば当然なのだが、これを読んでいる私にとっては完全なフィクションなので、このあたりが気になる。だが、予想通りだったら面白くないので、裏切られることを望む。少し読みにくいのは我慢するしかない。

「第二部 巨と虚の時代 一九七九年~一九九八年 赤朽葉毛毬」
時代はバブルの前後。内容は赤朽葉毛毬伝記とでも言うべきものである。社会問題で味付けされた物語はなんだかチープ。そのせいかドタバタコメディのような雰囲気まで漂う。依然としてミステリーは見当たらない。第一部で感じた視点に関する違和感は本文中で説明されたのでとりあえずは納得。まだ何かあるという希望は捨てていない。

「第三部 殺人者 二〇〇〇年~未来 赤朽葉瞳子」
万葉は死に際に人を殺したと告白した。瞳子は祖母が誰を殺したのか調べ始める。……結末は予想の範疇で、見事に取ってつけたような論理的ミステリ。しかし逆に考えてみれば、この陳腐なミステリのために、三代に渡る赤朽葉家の物語が書かれたともいえる。すごいことではないか。瞳子は現代っ子、私と重なる部分も多く、共感できなくもない。かつて特別であった自分が周囲に溶け込むために普通を望み、それに失敗し、あるいは疲れ、翻って“みんな”とは違う特別になりたいという陳腐な欲望を持った人間に成り下がる。発展途上の社会においては、社会全体の経済成長が夢や希望といった曖昧な形をとって意識を外側に向け、このような個人の葛藤から遠ざける。次に訪れる、発展してしまったがいまだお祭り気分の抜けない社会では、慣性の法則めいた何の根拠もない希望的観測に流されいつか経済は破綻する。その過程で個人の葛藤は内側に向きはじめる。それを阻害するものはもはやない。その後の社会は、葛藤そのものの持つ意味を消そうとする。社交的→内向的→個人主義といった具合に人は変わっていく。「あれが欲しい」→「そんなものはいらない」→「どうでもいい」(←今ここ)。次はどうなるのか、まだわからない。
あとがきは面白かったが、見識のある人の解説が読みたかった。自分では消化しきれない。ある意味メタフィクションではあったが、期待していたような結末ではなかった。

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